2014年5月12日〜5月14日
オードリーに会いたい。そして、スイスに行くなら、近くにあるチャーリーの墓にも行ってみたい。そんなことを思いながら飛行機の予約を探しました。オードリーの墓はローザンヌの近くのトロシュナ村というところにあります。チャーリーの墓はモントルーの近くのヴヴェイという所にあります。拠点になる空港はジュネーブかなと思い、日本からの直行便はないのでどうしても乗り継ぎになります。乗り継ぎ候補地は、ウィーン、フランクフルト、ミュンヘン、チューリッヒ、パリ。ネット検索するとウィーン経由が一番安い。よっしゃ、ウィーン経由で決定。ローザンヌからウーィンに行くには、途中、大好きなザルツブルクを通ります。そして、チェコのチェスキー・クルムロフも行ってみたいと思っていました、リンツからは近いようです。そして、ヴァッハウ渓谷のかわいい街、デュルンシュテイン、そして、ウィーンへという計画を立てました。
5月12日 成田〜ウィーン〜ジュネーブ〜モルジュ
5月13日 モルジュ〜トロシュナ〜ヴヴェイ〜モルジュ
5月14日 モルジュ

5月12日
今回は2度目のオーストリア航空で、スイス、オーストリア、そして、ちょこっとチェコの旅です。そして、スイスではオードリーヘップバーンとチャップリンの足跡をめぐる予定です。オーストリア航空OS 52便は予定より10分早くtake off。今回はどんな旅になるだろう・・・日本を出ると外はずーと厚い雲に覆われています。景色が何にも見えない。ほぼ予定時刻に飛行機はウィーンに到着しました。そしてここからは、また、飛行機でスイスのジュネーブに向かいます。乗り換え時間は約2時間。ヨーロッパ内の移動はシェンゲン条約加盟国はパスポートコントロールなしで移動できます。でも、その分、ウィーンでの審査は厳しかったです。ジュネーブ行きの飛行機も予定通りtake off。東洋人は私一人。ちょっと心細い気がします。飛び上がると外は厚い雲。いやな予感。飛行機は予定通りジュネーブに到着。パスポートコントロールなしでluggage claimへ直行。近くにSBBの券売機があったので荷物が出てくるまでにチケットを購入。やはり、買い方がわからない。私の前にチケットを買った人にやり方を聞きました。英語表記にもでき、簡単。Morgesまでのチケットゲット!ホームに降りると、列車はすでに入線。勇んで乗り込みます。車内はとても清潔。何の前触れもなく動き始めました。隣にも複線の線路があります。電車は小さい駅を通過していきます。快速の電車のようです。30分ちょっとでmorgesの駅に到着。小雨がぱらついています。ホテルまでは歩いて10分くらいで到着しました。時間は夜の9時。やっと外は暗くなり始めました。明日はいよいよ、オードリーのお墓、家、そしてチャップリンのお墓を訪れます。興奮しながらベッドに入りました。


オーストリア航空の機内食
ウィーン空港
ジュネーブ行きの飛行機
ジュネーブ空港駅のホーム
電車の車内
電車から ジュネーブ

5/13
天候は雨、時々曇り
今日はいよいよトロシュナです。ホテルを出て、駅に向かって歩いていきます途中、Tolochenazの標識を見ながら進んで行きます。20分くらい進んで行くと、教会を発見。なおも進んで行くと、オードリーの胸像を発見。一緒に写真を撮っていたら、地元の人に笑われてしまいました。ここから、オードリーが住んでいた家は近いはずなのですが、なかなか見つかりません。途中であった若い人に聞いてをわかりません。うろうろしていると・・・あった、ついに発見。La Paisible。ついにここまで来たんだ。さすがに感激を覚えました。ポストを見ると、3つのポストがあったので3家族が住んでいるらしい。家の壁には「ICI VECUT DE 1963 A 1993 AUDREY HEPBURN」というプレートが掛けられている。1963年から1993年までオードリー・ヘップバーンが住んでた、という意味でしょうか?家のわきの道に入っていくと、邸宅の中のうっそうとした木々を見ることができます。そしてここには「LA PAISIBLE」というプレートがありました。しずかな、とか平和なという意味らしいです。ああ、ここにオードリーは住んでいたんだ。周りにあるのは畑ばかり。たまに自動車が通り過ぎていく以外、静寂な世界です。ここで過ごした30年間はオードリーにとって、平和な時間だったんだろうなと感慨に耽りました。


トロシュナへの道
オードリーの胸像
トロシュナの街並み
家が見えてきました
LA PAISIBLE
そして、次はお墓参りに行きます。犬の散歩していたおじさんに場所を聞くと近くまで行くので案内してくれるとのこと。オードリーの胸像まで戻ってくると、近くにいたおじさんに、墓まで案内するよう頼んでくれました。おじさんは日本に行ったことがあると言っていました。高山に行ったと楽しそうに話してくれました。お墓の入り口には扉があります。それを開けて中に入っていき、進んでいくと右側にオードリーのお墓がありました。オードリーのお墓は本当にシンプルでした。一般の人の墓と変わらない、知らないと見逃してしまいそうなお墓です。ああ、ここにオードリーが眠っているんだ、そう思うとなにか、時間が止まったような瞬間でした。お墓の外は、やはり畑が一面に広がっています。だれ一人いないお墓は静寂そのもの。お墓参りを済ませ、今来た道を戻り、教会に立ち寄りました。ここはオードリーの葬儀が行われた教会です。トロシュナは本当に小さな、何もない村でした。商店さえ、無いようです。オードリーはよく、自転車でモルジュに買い物に行ったそうです。オードリー記念館は、親族と村との考え方の違いがあったとかで今は閉鎖されています。ファンにとってはとても残念なことです。バスでモルジュの駅に戻ります。途中、オードリーの墓地の前をバスは通りました。乗ったバス停の名前は「Pl Audrey Hepburn」彼女が亡くなってからもう,20年近く経つのですが、今でも、オードリーの面影が残っていると思うと、胸がいっぱいになりました。
墓地が見えてきました
墓地の入り口
オードリーのお墓
墓地の外は
教会
トロシュナの街
バス停
トロシュナへの行きかた
モルジュの駅を降りたら右のほうへ歩いて行くとバス通りがあります。鉄道のガードのすぐ手前がトロシュナへ行きのバス乗り場になります。バスは702番のバス。
お墓はLa PlantazとLe Portailの間にあります。
住んでいた家(La Paosible)はPl Audrey Hepburn
下車。オードリーの胸像があります。ここから歩いて約5分の所にあります。
約10分くらい。料金は3スイスフラン。なお、お墓はフランス語で「Cimetiere